朝は6時からお勤め。
5時半に起きて、身を整えてお勤めに。
寒さが心配だったけど、思ったほど寒くなく、正座も耐えるという言葉を使うほど痛くはなかった。
お経が書かれた紙を配られて、一緒に読み上げるものかと思っていたが、
始終見学するのみ。
荘厳な中にも人間らしさがあり、宗教儀式と言われればそれまでだけど、1つ1つの所作に見入った。
そんな朝は、朝日が眩しく感じて、吸い込んだ空気が新鮮に感じて。
善通寺に居たのだけど、完全な通し打ちを行っているので、1つ戻って74番の甲山寺に。
8時ちょっと前だったけど、気持ち良く納経して頂いた。
改めて善通寺に。
昨日は薄暗くてわからなかったけど、お寺の敷地がかなり広くて、建物も立派である。
善通寺市、と市の名前になるぐらいの規模である。
昨日通った観音寺も読み方が少し違うが観音寺市と市の名前になっているし、
明日通ると思う旧志度町も、志度寺からの名前。
地名のつけ方1つとっても、四国の人の信仰の厚さを語っている気がする。
善通寺近くでの店で、名物のカタパンを買いに歩いて行ってみたけど、残念ながら火曜日は定休日。
残念。
趣のある建物を見て、味を想像。
77番の道隆寺で、同宿だった歩き遍路の方と再会する。
私は1つ戻ったり、ゆっくり善通寺を見て回ったとはいえ、こんなに先に来ているとは思わなかった。
道隆寺の駐車場で、おじいさんに話しかけられる。
最初はお釈迦様のありがたい言葉を言っていて、ありがたく「うんうん」と聞いていたけど、
話が日蓮上人の話になり、日蓮上人は釈迦の生まれ変わりとなってきて、法華経が唯一の正しいもの、となってきた。
あ、やばい、創価学会の話になってきたと思い、お遍路中なので怒れないし、どうしたものかなと考えて。
「あのさ、宗教は人に押し付けるものではなくて、自分が信じるものなんだよ。
人に押し付ける宗教は悪い宗教か、自分が信じているものに自信がないからでしょ」
と強めの口調で答えて、それ以上受け付けない態度をとった。
まだ何か言ってきたから、目力でものを言わせたけど。
なんだかなぁ、そもそもお遍路さんに勧誘するのは間違っているでしょ。
そんなことがあって、78番郷照寺に。
大師堂の地下にあった万体観音堂。
数に圧倒される。
郷照寺からは遠くに瀬戸大橋が見えた。
ここから鷲羽山まで橋を使えば20kmないんだよね。
そう思うと、本州が近く感じる。
79番の天皇寺に行く。
この鳥居とは別に山門がないかと見回したが、なさそうな感じだったので鳥居をくぐって中へ。
納経所でこの神社とお寺が一緒になっていることなんかについて、伺った。
ちょっと写真では見辛いけど、3つの鳥居が繋がったような鳥居も、三輪鳥居と言って非常に珍しいものらしい。
その天王寺の納経所の方に教えてもらった近くのうどん屋「がもううどん」に行く。
田んぼ側や細い道を通って。こんな場所にうどん屋があるのか、と心配になった頃に店を発見した。
12時5分前だったけど10人ぐらい並んでいて、12時を過ぎると続々と人が。
サイドメニューの野菜の天ぷらがおいしそうで、いっぱい乗っけてしまった。
麺にこしがあって、おいしかった。
白峯寺の紅葉に魅せられて、ゆっくり感じながら歩く。
何本もの木で織り成す紅葉も迫力があるけど、ときどき1本の木が主張する色にやられてしまうこともある。
83番の一宮寺をお参りして、16時ちょっと前になる。
次の屋島寺に回れそうなので、高松の市街地を迂回しながら、屋島寺に向かう。
16時30分過ぎ屋島ドライブウェイ料金所に到着。
料金所で、時間も無いし料金を間違えられないように、「こんにちは、原付です」と元気良く言う。
返ってきた言葉は「原付は通行不可です」。
えっ?と思わず言葉が出てしまった。
と言うか、ツーリングマップルさん、ちゃんとそう書いてよ。
代替ルートを探すも無さそうだし、頼みの屋島ケーブルも2004年に運転をやめてしまったし。
時間も時間なので、ここは仕方がない明日出直すことに。
それにしても、こんなところに大きな落とし穴があったとは。
調べてみると、屋島寺までシャトルバスが出ているようである。
旅するバイク乗りでは知らない人は居ないあの加曽利さんは、去年アドレス V125G で八十八箇所をまわった。
屋島寺はどうしたのか調べてみたら、結願後に改めてバスで行ったみたい。
やっぱり 125cc だと屋島寺は別の交通手段しか無いようである。